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★私らの学館闘争の後の、67〜68年学費闘争時の自治会委員長の田村元行の葬儀に葉山まで出向き、遺骨も拾いました。長らく人工透析で闘病したためか、筋骨隆々たるラグビーマンは小学生並みの37キロにやせ細って死んでいました。
拙著「極私的全共闘史 中大1965〜68」で、私は全国初の学費値上げを白紙撤回させた後の田村委員長の「秋期安保決戦までの永続バリケード提案」を大衆運動原則からの逸脱だったと痛罵しました。田村は当初は最左派はいつも叩かれるもんだと居直っていましたが、晩年は自分が乗った永続バリケード方針は間違っていたのかとしょげていたそうです。
だが田村が熱心に中大自治会運動に貢献したのは事実で、本当に反省すべきは田村のスポーツマン敵純朴さを利用して極左方針へ独走させた塩見孝也などのブント学対官僚です。
★まさに田村の62年の人生は無常と言うべきですが、何で全共闘運動の巨大な盛り上がりが
阿呆らしい党派主義に回収されてしまったのか、申し越し襟を正して考え直すべきではないか。JCA出版の最新刊「SECT6+大正闘争資料集<増補決定版>」の、福地+神津対談では「全学連至上化が党派主義の根源」だと指摘しておきました。ご参照下さい。
★SECT資料集はJXA出版刊で3000円で、書店注文で届きますが小部数のため模索舎などのほかは常備していません。そこで神津陽への郵便振替でも代送システムを取りました。
73年蒼ボウ社刊野書物をなぜいま出せるのかとの疑問も間接に届いていますが、資料ぬ収集経緯・所有者・出版経緯なども福地さんとの対談で示していますので、ご確認下さい。
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